官設鉄道35号形蒸気機関車は、明治16年(1883年)から明治18年(1885年)にかけて、イギリスのDubs(ダブス)社で12両が製造されて官設鉄道(当時は工部省鉄道局)が輸入したテンダ式の蒸気機関車です。輸入後は官設鉄道の35号から57号機関車(奇数番号のみ)となり、12両全車がそのまま日本鉄道に貸与されて官設鉄道の番号のままで使用されました。この当時は車両形式という概念が無かったようですので、ここでは便宜的に「35号形蒸気機関車」としています。
日本鉄道にとっては31号形機関車に次ぐ2番目のテンダ式機関車で、明治16年から明治18年にかけて次々と開業する現在の高崎・両毛線(上野-高崎-前橋間)や現在の山手・赤羽線(品川-赤羽間)での営業に備えて輸入・増備したものと思われます。
明治16年に最初の4両が、明治18年に残りの8両が輸入されています。
軸配置は「2B形」。すなわち、最初に2軸ボギー式の先輪があって、その後ろに2つの動輪が配置された形態です。外観や性能は、明治9年(1876年)にKitson(キットソン)社製で製造された42号形蒸気機関車(のちの鉄道院5130形蒸気機関車)とほとんど同じで、製造メーカーが異なるというグループとなっていました。42号形機関車のグループは全車が西部地区に配置されたのに対し、35号形機関車のグループは全車が日本鉄道に配置されたという違いもありました。
35号形の12両は計画通り日本鉄道で使われました。輸入されてからしばらくは官設鉄道籍のままで日本鉄道に貸し出される形をとっていましたが、明治26年(1892年)に正式に日本鉄道に譲渡され、日本鉄道の35号形機関車(12両の車番は貸与時代と同じ)となったあと、明治28年(1894年)に日本鉄道のDBt2/4形4号~15号機関車に改番されました。のちの鉄道院5230形蒸気機関車にあたる機関車です。
日本鉄道時代の明治23年撮影(国鉄80年記念写真集、車両の80年 P50より)
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